怨念とか妬み、怒りというのは人間の「負」の感情です。
「劣情」と呼んだりします。ヤな感じの言葉ですね。
あまり使いたくはないのですが。
怒りっぽい人、というのが時々いますね。
先日、内館牧子さんの「見なかった、見なかった」を
読んでいたら、大病を患ったあとで知り合いの医者が
異口同音に言うのは「あまり怒らない方がいいよ」という助言。
内館さん、どうも怒りっぽい性格のようです。
世の中には「おっかない人」というタイプがしますね。
実はこの言葉、関西では使いません。「こわい人」ですね。
まあ、そんなことはどうでもいいのですが。
「おっかない人」を見ていると2種類あるように思えます。
まず、本当に怒りっぽい人。だったらただのアホです。
次に、自分の発言に重みを持たせるために演出している人。
こういう人はアホよりやや悪質な愚か者です。
まあ、どちらにしろ他人には怒らない方がいいのです。
親や教師が子どもに対して「怒る」のと「叱る」のを
混同している人がいますね。
「怒る」というのは、ただ自分の感情をぶつけているだけ。
「叱る」は理非を説明して、その行為を非難することです。
子どもが後輩や部下でも同じことです。
彼らが何かミスを犯してしまった時、
「怒る」ことでは何も生まれません。お互い嫌な気分になるだけ。
今の時代、タイムマシンはまだ開発されていませんので、
時間をさかのぼってミスを解消することは不可能です。
起こってしまったことは起こってしまったこと。
では、どうすればよいのか? 答えはカンタンです。
二度と同じようなミスを起こさないようにさせるだけ。
それができるかできないかは本人の能力と心がけ次第。
「怒る」と、心がけの方に悪い影響が出るかもしれません。
だから、せいぜい「叱る」程度に済ますべきです。
「怒る」というのは、負の感情です。なければそれでよし。
しかし、世の中には様々に勘違いしている人がいます。
「怒る」という行為が、とてつもなくカッコ悪くて
人間としては劣った営みであることに気付かないお方も多数。
これは結構社会的な地位が高い方でも時々います。
部下や後輩、業者にはどんなに怒っても構わない、
と思いこんでおられるのです。例えば、先日離党した女性議員。
あんなにカッコの悪いことはないでしょう。
つまり、怒りをぶつけるというのはああいうことの一種なのです。
山本五十六という方の名言集にある有名な言葉。
やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、 ほめてやらねば、人は動かじ。
口でどやしつけても、得るものは少なく、失うもの多し。
つまりは何の得もないのです。
その場で自分の負の感情が歪んだカタルシスを得るだけ。
内館さんは自分のことを「怒りっぽい性格だ」と書いていました。
まあ、読んでいる限り彼女程度のレベルであれば何てことなし。
しかし、世の中には気に入らないことがあるとカっとなって
顔を真っ赤にして怒ったり、それを行動に移すご仁もいます。
そういうお方は、その性格故に人生で大小の失敗を重ねています。
それにしょっちゅう怒っている人は周りもそれを知っています。
多少怒っても「またか」と思うだけで、本気で相手にしません。
つまりは無駄にエネルギーを発散させているだけ。
ただ、かの女性議員の事件のように
自分が部下の立場だと目も当てられません。
この「怒り」の発露について、女性は多少世間から大目に見られます。
なぜなら「女性は感情的」ということになっていますから、
世の男どもは「仕方ないか」と思ってしまうのです。
みなさん、自分の家族の中で感情的な女性と接した経験があるはずです。
ただ、あの女性議員のようになると常識を超えていますが。
しかし、男の場合は厳しい目で見られます。
「怒る」ということは「あいつは冷静に物事を捉えられない」という
マイナスの評価になるのです。喫煙者やアル中、デブと同じ。
「自分で自分を制御できない」下等な人間と見做されます。
「カっとなってついついやってしまいました」は通じません。
しかし、自分の劣情を完全に抑え込める人間はかなりの少数派。
というか、私はほとんど見たことがありません。
でも、かなりの程度に抑制できている方なら何人か知っています。
まあ、どこかの言い訳専門の書家じゃないのですが「人間だもの」。
私は幼い頃、「人前で怒るな」という躾を受けた覚えがあります。
ただ、私はすぐにキレる小学生でした。全然守れていません。
気に入らないことがあると教師のいうことなど糞喰らえ。
何でも好きなように行動していました。
おかげで、一生で使い切るべき劣情のほとんどを小学生の時に
費消してしまった感がありますね。今はほとんど怒りません。
いつか書いた通り、十数年も人を雇っていましたが、
社員をどやしつけた覚えはありません。
ほとんどがいい社員でしたから。むしろ私がダメ社長。
ただ、今の社会を見ていて思うに「怒りは劣情」という
価値観を持った人が少数派になっているのではないのでしょうか。
人前で怒らないタイプの人も、それは劣情を嫌ってではなく
「怒ると損だから」という利得の面からそうなのではないかと。
確かに、損得で考えれば怒らない方がいい場面の方が多いでしょう。
でも、それ以前に「カッコ悪い」と思っているのかどうか、
私には疑問に感じることが多くあります。
怒る、というのは嫉妬心を剥き出しにしているのと同じなのです。
を開催することにいたしました。
不動産の売却に関して、価格や時期でお悩みの方のご相談を
わたくしが無料で受けさせていただきます。
会場はいつものところです。
開催日時:9月30日(土)13時~17時
開催場所:セトル 4階会議室
(東京都中央区日本橋横山町4−11 「馬喰横山」駅より徒歩1分)
9月30日土曜日の13時から17時まで、
私が相談会場におりますので、どうぞご自由にお越しください。
とくにご予約などは不要です。
ただし、順番におうかがいしますので、
ちょっと待っていただくかもしれません。
ちなみに、前回の参加者は5組様。
ただ、10分ほどお待ちいただいた方もおられました。
まろたんさん、こんにちは。
東京は今日もいやらしい残暑。
ジジイの敵はジジイですか。
まあ、さもありなんと思います。
チビにデブにハゲ。女はブス。
女性も不思議なもので不細工に生まれても
心がけが良ければ美しく歳をとります。
心がけが悪ければ・・・顔に出ますね。
顔が商売道具の女優やホステスはやや異なりますが。
男はいけませんね。
毎日鏡の前でトレーニングなんてしませんから。
ひたすら、目が濁っていきます。
いかな時にも笑わない灰色の目になります。
嫉妬の炎は人間を捻じ曲げますね。
まあ、君子危うきに近寄らず。
孤高ですよ、孤高。
自分から近づく必要は皆無です。
人間なんて9割はつまらぬバカですから。
裸で生まれて裸で死にゆく。
そこにつまらない意味を見出すよりも、
淡々と生きて淡々と死にたい、
と私はいつも考えています。
まあ、中々そうはいきませんが(笑)。
季節柄、ご自愛ください。
この夏、私は二度も風邪をひきました。
ごきげんよう 榊淳司
2017/08/28 12:44 | by Sakaki Atsushi「ジジイの敵はジジイ」なのです。
マジ。
「ジジイはジジイに嫉妬する」と。
面倒くさいですよ。これ。
もう、人生に疲れていますからね。(笑)
ま、こんなところで。
ごきげんよう。
榊さま。
「ハゲ・チビ・デブ」は危険と。
仰有るとおり、身体的(見た目)の劣等には、
キレイゴトは通じませんね。
パッと見で分かる。露出していますから。
見た目、露出していない知能とは全くベツモノですね。
身体的(見た目)劣等は他にもあります。
外部身体障害などは、やはり劣等でしょう。
老人に成ってからの障害は、少々違うでしょう。
この劣等は劣等感=コンプを生み出し、卑屈になり、屈折し、
人生観をコジラセ、いわゆる「面倒くさい」系の人に成ります。
結果、
「ひがみ・妬み・嫉妬」の三位一体を持つニンゲンに。
付け加えますと、トシヨリも、同様です。
若いときに比べトシヨリは身体的(見た目)劣等になります。
これにより劣等感が生まれやすい。
ですが、トシヨリは若者に妬み・嫉妬を持つのではなく、
「ほぼ同世代」のトシヨリに対して妬み・嫉妬を持つ。
女の敵は女、と言われますが、
ジジイの敵はじじい
RSS feed for comments on this post.