百年後も日本人はマンションに住んでいるか?

マンションという居住形態は、そもそも緊急避難的な存在でした。
様々にある集合住宅の一種。かなり日本的な様式になっています。
多分、今に残るもっとも確定的な集合住宅は古代ローマのもの。
その一部には、今でも人が住んでいるそうです。
日本でも、江戸時代には「長屋」というものがありました。
壁ひとつ向うは他人の住まい、という形式です。
これは町民だけではなく、武家も同じ。
各藩の江戸屋敷内には、江戸詰めの藩士を住ませる長屋がありました。

日本で今のマンションという様式の住まいが生まれたには、
関東大震災の後で作られた同潤会アパートでしょうね。
「マンション」というのは完全な日本語になりましたが、
元の英語の意味は「大邸宅」。笑ってしまいます。
ゲートを入ってから車で何分も走らなければ
玄関にたどり着けないほどの大きくて広い家のことを言います。
日本では50平米の牢屋みたいなユニットでも「マンション」。
まあ、それはいいとして。

東京という街は、今でこそ少しどんよりとしていますが、
かつては凄まじい勢いで発展していました。
どんどんと人が流入してきて、住宅は慢性的に不足。
土地には限りがありますから、人々は「ウサギ小屋」に住んでいました。
これは、かつて欧州の高級役人が漏らした言葉に由来します。
まあ、それも置いておいて。

1950年代は、まだこの国は住宅不足に喘いでいた頃ですね。
今のURの元であった「公団」という政府系の機関が、
鉄筋コンクリートで建築した集合住宅を考案しました。
その頃の言い方は「団地」。当時の新語だったはずです。

地べたが固まっている、みたいなイメージですね。
あの頃に日本人にとって住処(すみか)というのは地べたが必須。
だから、「団住」とかではなくて、団地。ダンチです。
でも濁音が何となくスマートではありません。
「団地族」、「団地妻」みたいな言葉は懐かしいですが。
しかし、どこかマイナスのイメージが付きまとっています。

1960年代に、今風の「マンション」と呼ばれる集合住宅が分譲されました。
多分、このmansionという英語はラテン語由来だと思います。
言葉の響きが、荒々しいゲルマン語系ではなさそうですから。
まあ、そんなこともどうでもいい話ですが。

最初、マンションや団地というものは「戸建ては無理だから」という
方々が仕方なく住む住居形態でした。
本来なら一戸建てに住みたいけれど、それは価格が高すぎるから
「仕方なく」選ばれたのが団地や民間分譲のマンションだったのです。
今でもお年寄りで「地べたがくっついていない住まいは落ち着かない」
なんていう人もいます。

しかし、いつしかそれが都市居住のスタンダードになってしまいました。
今、東京や大阪、名古屋など大都市の中心部で普通の人が
住処を購入しようとすると、ほとんどがマンションですね。
一戸建ては高くて買えません。

高度成長期、日本の経済は凄まじい勢いで膨張していましたが、
その一方で人間の数も増えていました。住宅への需要も旺盛。
その頃に、団地の集合体である「ニュータウン」が生まれました。
都心で働いた人が寝るために帰る場所。つまり「ベッドタウン」。

これも、いわば緊急避難的な存在ですね。
本来、人間は働く場所と住む場所は近い方がいいのです。
満員電車に1時間も揺られて職場に向かうのは、いかにも非効率。
でも、今の日本ではそういった情景も当たり前です。
それは高度成長期の「緊急避難」が定着してしまったから。
まあ、それもここでは置いておきます。

いつしか、「とりあえず」の処置としてできてしまった集合住宅である
「マンション」が、都市居住の主役になってしまいました。
このことを悪いとは思いません。
今のマンションは、現代日本人が作り上げた高度な文化のひとつです。
様々な利便性が備わっていて、大変住みやすい形態です。
特に年配者にとっては負担が少なくて、快適なはず。

ただ、このマンションは出発点で緊急避難的であったことで、
「とりあえず」的に始まったことが今でもそのまま放置されています。
まず、建築様式。スタートは団地でした。今も、大半が「団地」です。
日本でいちばんたくさんのマンションを設計・建築している会社は
長谷工コーポレーションです。「マンションのことならハセコー」。
あのCMを見ると、アタマがクラクラします。
それもまあ、ここでは置いておいて(笑)。

彼らが作るマンションは、今もって団地です。
限りある土地にできるだけたくさんの住まいを作り、
建築工事費はなるべく安く上げる、という発想がすべてです。
最近の郊外型大規模マンションは、ますます長谷工化しています。

次に、法制度。区分所有法は1962年の施行。もう53年です。
何回か改正されましたが、今も骨格は変わりません。
この法律、よくできていますが、現状と合っていません。
あまりにも日本的です。つまり、何事にも緩やかなのです。
「いい人」ばかりだったらこの法律でもOKですが、
いまや外国人も多くなっていろいろと大変。
私有権を尊重しすぎることで、様々な弊害を生み出しています。

決定的なのは、マンションの製造と販売、そして流通。
多くのマンションは、今もって完成前に売買契約が成されます。
つまりマンションを作る側(デベロッパー)は、
その建築が出来上がる前に購入者と売買契約を交わします。
いわゆる「青田売り」というやつです。

これはかなりイレギュラーだと思います。
目に見えないものに数千万円以上のお金を払う契約をするからです。
まあ、三井や三菱、住友というネームの会社とそういう契約を
交わすのならまだわかります。しかし、よく分らない無名の企業が
売主であっても、この販売形態は変わりません。
日本というのは、本当に「信用社会」ですね。

しかも、規模の大きなマンションになると、引き渡しは1年半とか
2年といった「先の話」であることが当たり前です。
これも、冷静に考えればイレギュラーな話です。
2年先の経済なんて、どうなっているかさっぱりわかりません。

みなさん、2008年のリーマンショックを覚えていますか?
日本の景気がどん底まで落ち込んだ大事件です。
そのちょっと前、2005年から2008年の初めころまで、
不動産市場は「ミニバブル」と呼ばれていました。
マンションの価格はピヨヨンとハネ上がっていたのです。
その頃、「2009年3月引き渡し」で青田買いした方が大勢。
引き渡しを受けるころには「暴落」状態でした。
今は何となくあの頃と雰囲気が似ていますね。
まあ、その話も置いておいて(笑)。

つまり「1年半」や「2年先」に何千万円とか何億円とか払って
そのマンションを購入する契約を交わすことは
購入側にはとてつもないリスクがある反面、販売側には
得がたいほどのリスクヘッジが図れる取引なのです。
かなり購入側に負担をかけるイレギュラーな商習慣。
不動産価格が下落しなければ大きな問題は起こりませんが・・・

また、中古マンションの流通面でもこの半世紀の間、進歩なし。
中古マンションの取引は、戸建てに比べてかなりシンプルなはず。
素人同士でも難しくないのに、そういう流れにはなっていません。
その分、仲介業者が甘い汁を吸い続けていますね。
これもかなりイレギュラー。最近では破壊の動きもありますが。

ただ、日本の分譲マンションは、住まいの文化を激変させました。
その歴史はまだ50年余りしかありません。
しかし、今は大きな岐路に立たされているような気がします。
もしかしたら、これは「終わりの始まり」かもしれません。

まず、現状の住宅数と今後の需要を考えれば、
新築分譲マンションをこれ以上作る必要はありません。
むしろ、今まで作ったマンションをどうするか、
という問題をもっと真正面から考えるべきですね。

東京の都心では、今や新築マンションは「住むため」というより
「金融商品化」しています。投資向けの商品の一種です。
これは日本だけでなく、世界的傾向にあります。
今や世界の主要国はほとんどが金融緩和を実施中。
余ったお金は資産価値が手堅い都心の不動産に流れてくるのです。

一方、日本の地方では「住まい」自体に完全な余剰感が出ています。
駅前のタワーだけは、なぜか地元の富裕層が買ってくれるそうですが。
この流れは、東京や大阪の都心に向かってジワジワと寄せてきます。
すでに、郊外エリアでは余剰感がしっかりと現れています。
初期に開発されたニュータウンなどは特にそういう状態。
そういったエリアでは、新築マンションは必要ありません。
まあ、今でも分譲されている物件はありますが。

5年後、東京でも人口が減少し始めます。
世帯数も10年後には減少に転じると予想されています。
つまり、「住むため」の新築マンションの需要はさほどでもないのです。
現に今、収入があるのに住むところがなくて困っている人はいません。

私は東京五輪が終って2,3年も経過すると、
新築マンションの供給は今の3割程度にまで減ると予測します。
少なくとも「住む」というニーズがないため、
それ以上作っても売り切れないと思えるからです。

しかし、現状では「住む」ためでない需要によって都心や周辺の
新築マンションは好調に売れています。ちょっと異様。
都心部ではバブルと言っていい状態ですね。
ここに最近ではairbnbという需要が生まれてきました。
これは今のところ「違法」行為ですから、今後の展開は不明。
しかし、新築マンションの供給を増大させる要因にはならないと思います。

つまり、新築マンションの開発分譲というイレギュラーな住形態の
増殖活動は、この先急速に衰微していくことが予測できます。
今の都心バブルが、最後に咲いている徒花ではないでしょうか。
都心のマンション価格の高騰も、通常の需給関係では
説明できない水準に達しているので、ほぼ完全なバブル。

嫌ですね。バブルはいつか弾けます。
弾けるのなら膨らまさなければいいのに、それを膨らませるのが人間の性。
しかし、バブルもまたイレギュラー。
マンションという住形態には、なぜかいつも
イレギュラーな影がついて回っていますね。
100年前、日本人は誰もマンションに住んでいませんでした。
100年後、日本人はまだマンションに住んでいるでしょうか?

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2015/10/4 19:37 Comments (4)

4 Comments

まろたんさん、こんばんは。

たくさんの記事などありがとうございます。
端から読んでいますが、読み切れません。
最近、コメントを載せた雑誌などがちょこまか送られてきます。
それらを読んでいると、本も読めなくなりました(笑)。
まあ、時間が足りませんね。

「ステマ」には困ったものですな。
私は広告屋だったので、ずっと発信する側でした。
瞬時に判断できるのですが、普通の人は騙されるのでしょうね。
まあ、仕方のないこと。
広告屋は人をだますのが商売みたいなものです。

正しい情報を与えても、歪んだ判断をするのが一般人。
まあ、それにいちいち目くじらを立てても仕方ありません。

私の死んだ親父は、私の価値観に大いなる影響を与えました。
彼が教えてくれたことのひとつは
「世の中10人のうち、8人か9人はアホや」。
世の中に出て、それが真実であると知りました。

広告屋時代、「不動産屋はほとんどアホ」と思えば
たいがいのことは受容出来ました。
ただ、時々自分の方が賢いと思い込んでいるバカに出会うと
何とも腹立たしい気持ちになりましたね。
今ではいい思い出ですが(笑)。

大衆は騙されてこそ大衆。
バカは自分が分っていないからバカ。
この原則は、人類があと何十万年存続しても変わらないでしょう。

ではまた。 ごきげんよう  榊淳司

2015/10/05 23:15 | by Sakaki Atsushi

榊さま。

「ウェブニュース・一億総バカ時代」今年の新刊。
著者は男で、三〇代のギョーカイ5年生だそうで。
が、匿名ですから、ナントでも言えますから。

さて。ネット関係の本を読むのは2冊目。
全・200ページを30分余で読了。そのテードの内容ですわ。
当本の内容を、ざっくり言いますと、ウェブニュースは、
いわゆる「ステマ」ばっかダーヨ、ということ。
それを「真に受けてる」タミ草は「一億総バカ」だよーと。

「真に受けてる」バカは、オンナ子ども、だけでしょう。(笑)

そもそも「タダ」のものは、それなりの「仕掛け」がある。
これは「健全なる大人のジョーシキ」。昔から。
曰わく、テレビ・ラジオ・ネット・チラシ、エトセトラ。
「誰が、お金出してるのかなー。なんで、出してるのかなー」と。

この際ですから、更に言いましょう。
購読料を「ぼったくる」大手シンブンも「油断大敵」ですぞ。
「記事を売り出して」いるそうですよ。(笑)
例えば三面記事・三段組み・ウン百万で、オタク、どうー?
なんてのが、ギョーカイのジョーシキなのだそうですわ。
やれやれ。(笑)

いわゆる「記事広告」を「食い扶持」に生きていく。
私はシンブン購読を止めて「まっとう」になりましたよ。(笑)
今、年間購読しているのは、月刊誌・5点ほど。

毎日、ウェブニュースは検索してます。それなりに。
「アホーニュース」ならぬ、ヤフーニュースに「PV」を、
献上してやってますわ。その他のサイトにも、それなりに。

今の世のメディアは「ステマ・記事広告」と「大本営発表」だらけ。
トコトン「極北」まで突っ込んでゆかないと、ケリが着かないでしょうね。
そして近未来、現存メディアは吹っとぶこと必定。
そのあと、どんなのが新生するのでしょうか?

「大本営発表」だけは、いつの世も不変でしょうが。(笑)

ごきげんよう。

2015/10/05 20:48 | by まろたん

まろたんさん、こんばんは。

まあ、人間はそんなものですね。
いただいたたくさんのメールに郵送物、順次読ませていただいています。
まろたんさんとは興味のベクトルが近しいので
とても嬉しく拝読しています。

しかしまあ、人間は人間ですね。特に有象無象階級。
本質は弱くてこズルい気持ちを備えています。
だから、私は貴族が大好き。
生まれながらの上品さは何物にも代えがたし。
下賤に生まれし者は、よほどの修業が必要です。

そこを乗り越えるのは知性と教養。
長年、生まれながらのお金持ちの真似をしてきたので、
彼らとの付き合いは結構得意です。
アホどもとの付き合いは、どちらかというと苦手。
「千原(本名)さんは顔に出ます」とよく言われまます。
アホを蔑むのですね。悪い癖です(笑)。

まあ、残り限られた人生、ジタバタと生きます。
貧乏人の子に生まれ、貧乏人の人生を歩み、
由緒正しき貧乏生活を全うしますよ。
でも私の回りの人間は、ずっと私を
「成功者」とか「金持ち」と誤解しています。
なぜでしょうね(笑)。言説と生き方がちょっと派手だから?
まあ、どーでもいい話。

ごきげんよう 榊淳司

2015/10/05 00:34 | by Sakaki Atsushi

榊さま。

> 秋きぬと眼にはさやかに見えねども、
> 風の音にどおどろかねぬる。

いにしえびとの、静かなおどろきの思い。
日本人の季節感たるもの、時代移れど味わい深いですね。
朝夕は冷えて来ました。夜は薄着に気を付けねばと。

「これより先は、神の領域」
と言います。
結局、ニンゲンは今をジタバタ生きるしかない。

変化の予感を抱いて、変わろうともがいても、
自分ひとりが変わるのも簡単ではなく、ましてや、
日本人総体、世界の全体が変わるなど笑止でしょう。

ですから「これより先は、神の領域」
となるのでしょう。
百年後には、どうなっていましょうか?
さらに千年後には、どんな人類社会に?

「神のみぞ知る」いや「神の御心のままに」でしょう。
「我が計らいに非ず」
万物流転。
自我が肥大し全能感を錯覚したニンゲンは、大いに自信過剰。
もがきつつ、無明の時空間を「流転し漂流」するに過ぎないのです。

「衣食足りて、欲なお深し」
よくよく見れば、ニンゲンは、その程度だったんですよ。
生意気な、身のほど知らずのオチョーシモノ。
だったんですよ。(笑)

「仏はつねに居ませども、うつつならぬが、あはれなり」

ふと見上げた空は、たかーい。
空はエラーイ。ぶれない、動じない。いつの時代も。

> ああ今日も、青い空に白い雲が流れてる。

ごきげんよう。

2015/10/05 00:13 | by まろたん

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