あの戦争を超カンタン解説

平成最後の終戦記念日だそうです。
私はあえて敗戦記念日と呼んでいます。
56年ほど生きてきて、つくづく思うのは歴史というものは
教養を形成するための必須科目であるなあ、ということ。

最近、ヨーロッパの人と話す機会が多かったのですが、
一定の歴史的教養がないと話がかみ合わなかったりします。
もちろん、美術や音楽などの知識もベースにはなります。
科学の基礎知識を蓄えていることも前提でしょう。

最近、気になることは日本が負けた第二次世界大戦について
基本的な知識のない人が多そうなこと。特に私よりも若い世代。
そこで、こういう日でもありますので池上彰風に
「日本にとってあの戦争とは何だったのか」をやってみようかと。

これって、けっこう壮大なテーマですね。
でも、いつものように超カンタンに説明しましょう。
あの戦争はアメリカが太平洋での覇権を得るために
日本を叩き潰す目的でしかけたのです。
キッカケはヨーロッパの戦争でのイギリス救援でした。

話の起点は、日露戦争です。
1905年、日本はロシアとの戦いに勝ってポーツマス条約を結びます。
この時、仲介の労を取ったのはシオドア・ルーズベルト大統領。

しかし、これを機にアメリカは日本を敵視しだします。
あたり前です。日本はアメリカにとって太平洋を挟む隣国。
アメリカ領グアム島は、小笠原諸島のちょい先くらいです。
日露戦争当時、日本は極東の小国でした。
アメリカのペリー提督がやってきて無理矢理開国させられてから
わずかに52年しかたっていません。52年ですよ!
明治維新から勘定しても38年です。ちょんまげ切って38年。

当時のアメリカやヨーロッパからすると、
極東のチビが懸命にがんばっている貧乏で小さな国。
その日本が当時の陸軍では世界第一位、海軍でも第3位の
実力をもっていると見做されたロシアに戦争を吹っかけて、
曲がりなりにも勝ってしまったのです。
これは世界にとって驚愕の出来事でした。

特に、アメリカにとっては他人事ではなくなりました。
彼らは中国大陸への進出を虎視眈々と狙っていました。
ところが、日本は日露戦争の勝利で完全な優位を確保しました。
それに、実力で世界一の海軍国になってしまったのです。
その日本とアメリカは太平洋を挟んで向かい合っています。

アメリカは直ちに海軍力の増強に取り組みました。
いちばんの仮想敵国は、いうまでもなく日本だったのです。
日本海軍も当然、次なる敵はアメリカと定めました。
まあ、それは当然「仮想」の話でした。

日露戦争後、日米関係は移民問題などで険悪化します。
やがて第一次世界大戦が勃発しました。日本は連合国側で参戦、勝利。
1919年のヴェルサイユ条約で、日本はドイツ領の南西諸島を
支配下におさめます。今のサイパンとかパラオ、テニアンです。
グアム島は日本領に包囲される格好になりました。

その後、世界は軍縮ムードに包まれてワシントン条約と
ロンドン条約が結ばれます。日本の海軍力は英米の6割に限定。
まあ、国力から言えば6割でも多いくらいだったのですが、
その当時の帝国海軍では大騒ぎになりました。

そして、日本は支那問題の泥沼にはまっていきます。
当時の中国大陸は、言ってしまえば無政府状態です。
辛亥革命を起こしたものの、その支配は全国に及ばない国民党。
東北地方には馬賊上がりの張作霖。南方には共産党。

日本陸軍の一部は日露戦争で得た満州での権益を守るという
大義名分のもとに、満州事変を起こして満州国を作ります。
1931年のことです。これは欧米の反発を呼び、
結局日本は国際連盟を脱退します。孤立化ですね。

1937年に盧溝橋事件が起こります。そこから日中戦争。
このあたり、日中間の紛争事件が多発しています。
カンタンに言えば、日本は深入りしたくないのに
次々に日本人が殺されたり、日本人街が攻撃されたり、
あるいは銃砲を撃ちかけられたりして、それに対して
「中国人を懲らしめる」という軍事行動が、戦争になったのです。

その頃の事件のひとつひとつを見ていると、うんざりします。
まさに今の日本と中国や韓国との様々な事件と類似します。
要は話し合いで何とかまとめても現場では向こうが違反ばかり。
今の日本は何をされても隠忍自重していますが、
当時の帝国陸軍は黙っていません。それで戦争になりました。

さて、日本が中国大陸で泥沼にはまっていた頃、
ヨーロッパでも大きな現状変更がありました。
1933年にドイツで政権を取ったヒトラーが、やりたい放題。
1939年にポーランドに侵攻したことで英仏が宣戦布告。
第二次世界大戦が勃発してしまったのです。

ドイツ軍は電撃作戦でたちまちヨーロッパを席巻。
イギリス軍その他をダンケルクの向こうに追い落としました。
アメリカはまだ、参戦していません。というかできなかったのです。
当時の大統領はフランクリン・デラノ・ルーズベルト(FDR)。

FDRの時代、アメリカの大統領は何期でもOKでした。
今の様に2期8年でお終い、ということはなかったのです。
FDRは4期目の大統領選挙で、アメリカ国民に約束しました。
「あなたたちの子どもを決して戦場へは送らない」
当時、ヨーロッパはヒトラーの手に落ちかけていました。
連日の空襲に耐えているイギリスの首相はチャーチル。
彼はアメリカの参戦を熱望していました。
しかし、ルーズベルトには選挙公約があって、自ら参戦できません。

そこで目をつけられたのが日本です。
日本は満州事変以来、孤立していました。
そこから逃れるために日独伊三国同盟を締結していたのです。
その条約で、日本が新たに他国と交戦状態に入った場合、
ドイツはその国に対しても宣戦する、という条項がありました。

つまり、日本がアメリカに戦争を仕掛けた場合は、
ドイツも自動的にアメリカに宣戦布告する、という取り決め。
ルーズベルトはヨーロッパの戦争でチャーチルを助けに
行きたくて仕方がありません。でも、理由がありません。
「そうだ、日本に戦争を仕掛けさせよう」

今でいう経済制裁ですね。アメリカ国内の資産を凍結。
そして石油の輸出禁止。当時、日本はアメリカから石油を輸入。
そのままでは日本は二進も三進もいかないところに追い込みました。
日本は必至で日米交渉を行いました。
でも最後に突き付けられたのは有名なハルノート。
「日本は中国大陸から一切手を引け」

戦後、東京裁判という茶番が行われました。
今の国際法の研究者の間では、笑い話になっているような裁判。
ここでインドを代表して判事団に加わっていたパルという
法律家が、有名な日本無罪論を展開しました。
「ハルノートのようなものを突き付けられれば、ルクセンブルグのような小国でも奮い立って戦いに挑むだろう」

また、日本を占領したマッカーサーは帰国後の議会で、
「日本は自衛のために戦ったのだ」と証言しました。
まあ、開戦の経緯を調べて理解したのでしょう。
あの戦争は日本が積極的に仕掛けたのではなく、
アメリカに無理強いされたのです。

1941年の12月8日に日本海軍の航空隊がオアフ島真珠湾を空襲。
同時に日本陸軍が仏印からタイに侵攻。マレー半島にも上陸。
日本が大東亜戦争と名付けた戦いが始まりました。
戦後、GHQはこの戦争の名称を「太平洋戦争」にしろと強制。
まあ、どっちでもいいのですがここでは大東亜戦争。

これは多分、人類史上最も悲惨な戦争だったと思います。
死んだ日本人は分かっているだけで300万人弱。
実際には400万人に達したのではないかと思われます。
その大半が、餓死です。そして日本の都市は焼け野原。

1945年の8月14日、日本はポツダム宣言を受諾。
降伏のただひとつの条件は「国体の護持」。天皇制の存続です。
アメリカ軍を中心とした占領軍が日本を支配しました。
彼らの第一の目的は「二度と自分たちの敵となり得ない国へ」。

このため、日本からは徹底的に「武」というものを除きました。
歌舞伎の演目でチャンバラのあるものを禁止したほど。
その次に、あの戦争では日本が決定的に悪者だったという
ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム
(英語:War Guilt Information Program、略称:WGIP)
を、日本人の頭脳に刷り込むことでした。これは大成功。

今、口を開けばアメリカの悪口ばかり言っているサヨクの連中は
みごとにこのWGIPに嵌ってしまっています。アホか。
でも、なぜそれほどWGIPを熱心に行ったのかというと・・・
彼らが二度と日本軍とは戦いたくなかったからに他なりません。

それは、殺されるのもいとわずに向かってくる相手は嫌でしょ。
特に神風特別攻撃隊なんて、彼らには理解できない作戦。
そうでなくても、飢え死にしてでも降伏しない兵隊たち。
しかも、かなり強かったのです。

ルーズベルトは日本の戦力をよほど甘く見たようです。
空軍なんて、いまだに複葉機を飛ばしていると思っていたそうな。
それがふたを開けたら世界一の零戦で、全く歯が立たず。
アメリカの太平洋艦隊が一気に壊滅寸前まで追い込まれました。

イギリスは、まさかの最新鋭2戦艦を撃沈された上に、
あれよあれよという間にシンガポールが陥落。
ビルマまで奪われてしまったのです。
結局、それがキッカケでインドを失いました。
戦争を始める前は大英帝国だったのに、終わってみたら
ヨーロッパの一国になり下がっていました。
イギリスにとって、日本との戦争は大赤字だったはずです。

日本は戦後、WGIPによって腑抜けの国になりました。
北方領土を占領され、竹島を奪われ、尖閣を脅かされ、
無辜の市民を次々と拉致されてその人生が奪われているのに、
外交交渉以外に解決策を持ちません。舐められっぱなし。

昔のように、何かあったらすぐに軍隊を出す、というのも
よろしくはないと思います。でも、その選択肢は持つべき。
安倍君のやろうとしている憲法改正は、そういうことです。
あのクソみたいな憲法を変えなければ、日本の戦後は終わりません。

アメリカは太平洋を挟んで自らを脅かす日本帝国を
戦争に追い込んで壊滅させました。
今の日本はアメリカの軍事的な脅威にあらず。
ところが、今や中国がかつての日本のように
アメリカに挑戦しようという気配を見せていますね。
アメリカは決してこれを捨ておかないと思います。
ただ、中国は日本の失敗によく学んでいるようです。

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8月25日土曜日の13時から17時まで、
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とくにご予約などは不要です。
ただし、順番におうかがいしますので、
ちょっと待っていただくかもしれません。
ちなみに、前回の参加者は1組様。
待ち時間はございませんでした。
次回も同じようになるかどうかは分りません。

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2018/8/15 17:43 Comments (0)

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