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榊 淳司オフィシャルブログ

「オイオイ、本当にやるのかよ?」といいたくなるのが
どうじょう総理がなさろうとしている増税。
要は、我々が汗水流して働いた金を、
今より余計に巻き上げようとしているのです。

東日本大震災で大きな被害を受けたので復興費用が必要・・・
というのが大義名分らしいけど、何かヘンですよね。
巷間ささやかれているのが財務官僚の陰謀説。
火事の焼け太りよろしく、この機会に一気に歳入を増やそうと考え、
思慮の浅いどじょう君をまんまと誑かしたそうな。

みなさん、どじょう君に期待したようですが、
私はハナからかなり懐疑的に眺めておりました。
この御仁、私立高校に通うグータラ息子が落第しそうになると
みずから乗り込んで「なんでウチの息子は赤点なんだ」とねじ込んだとか。
まあ、他人の親バカを笑えない私としては、あえて褒めてあげましょう。
「その意気やよし」
ついでに韓国へ言って「なんで竹島を不法占拠しているのだ」とか
北京へ行って「尖閣諸島に手を出すんじゃねえ」とか、
ピョンヤンへ行って「横田めぐみさんをとっとと返しやがれ」くらいの
ことをネジ込んでいただけるのなら、大歓迎ですよ。

でもまあ、財務省の役人に手玉に取られているようでは、期待薄。
そもそも、カネが足りないから増税しようなんて、
わざわざ東大法学部を出て、難しい試験に受からなくても考え付きます。
財務省君たちも、我々の税金を使って東大で勉強して、
国民の血税から高給をむしって贅沢している割には、能無しですね。
まさに、税金ドロボーと呼ぶにふさわしい連中。

だいたい、アタマが固すぎます。
「カネがない」(財務省用語では『財源がない』)とはどういうことでしょう?
そもそもカネとは何でしょう?
日本の場合、カネは「円」ですね。
日本銀行が発行している「日銀券」のことです。
まことにあり難い福澤先生のお札は10000円です。
でも、突き詰めれば、あれはただの紙切れですね。
あの1枚に10000円分の価値がある、とみんなが思い込み、
いろいろなモノと交換してくれるから、みんなありがたがるわけです。
でも、ただの紙だと思えば、それだけのこと。

例えば金(ゴールド)は違います。
あれは様々な製品に使える、多用途の金属です。
だから、今でも人類共通の「通貨」として認められています。

さて、福澤先生の1万円札は今のところ「いちまんえん」です。
これが便利なのは「印刷できる」というところ。
金(ゴールド)は、人工的に増やせません。
かの大天才ニュートンも一生懸命「錬金術」を研究したそうですが、
上手くいかなかったようですね。
ところが、日銀券は印刷によっていくらでも増やせます。
1万円札を印刷する原価は50円くらいだと聞いたことがあります。
日銀は、印刷機を回すだけで200倍の利益を享受できるのです。

でもね、今はもっとすごいのです。
わざわざ印刷する必要もありません。
今の時代、ほとんどの国の通貨は、コンピュータ上の電子データです。
つまり「・・銀行に日本銀行から000億円融資」というと、
日銀からピピッとデータを送るだけなのです。
実質原価0円。(電気代が数円かw)
何百億でも何兆円でも、コンピュータ上の操作だけ。

さて、話題を戻しましょう。
このように、日本銀行には無尽蔵に「円」の生産力があります。
ところが、どじょう君の政府は「カネがない」から増税するといいます。
財務官僚君たちの固いアタマで考えると、
政府の収入は税金だから、カネが足りなくなったら税金を増やすしかない・・・
という解決策しか思い浮かばないのです。

もうお分かりでしょう。
カネが足りないのなら、日銀に「おい、ちょっと回せ」といえば済むこと。
わざわざ、窮乏している国民からむしりとる事はないでしょう!
建設国債でも、赤字国債でも、なんでも発行して
日銀に引き受けさせればいいのです。
そのためには、日銀法の改定が必要ですが。

財務省も日銀も、そんなことは百も承知しています。
でも、やらないのはインフレが怖いから。
「インフレ恐怖症」が骨の髄まで染み付いているのです。
ホント、アタマが固いですね。救いがたい固さ。

「次の世代に負担を残さない」なんて、ただの詭弁。
日銀に国債を引き受けさせれば、借金はただの電子データです。
「なかったことにしよう」と思えば、できること。
現に、イタリアやギリシャはそうやってユーロに加盟しました。
両国とも国家は破産に瀕していますが、国民はよろしくやっています。
多分、ギリシャはデフォルトになるでしょう。
でも、国民の生活水準が落ちるようなことはなさそうです。
連中は、ドイツやアメリカから借りたカネを踏み倒して
なおかつ日々の暮らしを謳歌しているのです。
だから、ドイツ人は「盗人に追い銭」と怒っています。
当然ですね。
自分たちのカネをギリシャ人に使われるのですから。

でも、日本政府は外国からほとんど借金をしていません。
今のところ、国債の大半は国内所有。
今後は難しいかもしれないけれど、日銀があるではないですか。
日本政府が、日本銀行からの借金を踏み倒したところで
いったい誰に不都合があるというのでしょう?
増税なんかしないで、日本銀行からカネを引っ張りましょうよ。
もちろん、そんなインチキをするとインフレになりますよ。
いいじゃないですか、インフレ!

ここ数年、アメリカではバーナキンがこのインチキをやりました。
結果、アメリカはインフレ。ドルはどんどん安くなって円高。
ユーロも今後はこの「通貨大盤振る舞い」が避けられそうにない状況。
支那の人民元は、もとより「ドル連動」が基本。
国内のバブル崩壊を延命させるため、ジャンジャン大盤振る舞いしました。
クソマジメに管理通貨制度の道徳を守っているのは日本だけ。
おかげで、日本は唯一のデフレ、通貨高。
国民は塗炭の苦しみを味わっています。

世界的に、通貨発行の秩序が守られている時代ならダメです。
でも、今は世界中で通貨発行競争が行われています。
ひとり日本がクソマジメな通貨政策を続けているおかげで、
デフレと産業空洞化が止まりません。
今の日本には通貨の増量によるインフレが必要です。
何よりも、これによって日本国内の富が老年層から若年層に移転します。
老人達の既得権は蝕まれますが、若者にチャンスが増えるのです。
それが結局、この国に元気を回復させる特効薬ではないでしょうか?



2011/10/10 1:48 | ちょっと脱線 | Comments (0)

人生では色々な人間と出会います。
我が人生で忘れがたい友人の一人は、高校時代の同級生。
「お前、世間をナメチッキっとるやろ」と、よく言われました。
一度や二度ではありません。ことあるごとに言われました。
それも、憎憎しげに言うのではなく、なんともおかしげに。
まるで、私が世間をナメながら生きているのが愉快そうでした。

彼の指摘どおり、私は世間というモノをナメています。
というか、日本人の有する「世間」という概念がおかしくて仕方がないので
常々それをからかいながら生きているのです。
でも、所詮は私も才なき凡人の1人です。

ここ数ヶ月、私は東京の山手線内側にある
「新宿区余丁町」というところで19戸のマンションを創る
コーポラティブ計画というものに熱中しています。
今年の6月末以来、5回くらいの説明会を開いて参加者を募集してきました。

私がこの募集活動を通してつくづく感じるのは、
自分がいかに「世間をナメている」のか、ということです。
「説明会」というのは我ら計画者側が、
参加希望者に対して「計画を説明」します。
コーディネイター(私)や設計者(大村氏)が、資料を示しながら
コレコレはこうなっております・・・なんて。
でも、あの一連のイベントは説明会ではなく「検証」の場だったのです。
我々が一方的に説明するのではなく、
参加者が計画を理性的に検証していらしたのです。
というのは、そのこの計画に参加を希望された方のほぼ全員が、
私たちの説明以上にこの計画への理解を示され、
具体的な賛同理由を示した上に、熱烈にご指示くださったことからわかります。

昨日、参加者の内でこの計画の熱心な賛同者のお1人と
今後の募集計画について詳しくディスカッションする機会に恵まれました。
よくお話して分かったのは、彼が優秀なビジネスマンだということ。
今後の募集についての具体的なプロモーション計画を立案し、
自らその主体となって活動してくださるビジョンをご提示いただきました。
なんと、広告屋である私も顔負けのアクティブプラン・・・

名刺をいただいて、またビックリ。
一級建築士にして宅建主任者。
しかも、広義に言えば不動産業界で活躍しておられる方。
私たちの余丁町計画について
「あの土地を押さえられたことは、凄いことだと思います」と
おっしゃっていただきました。
うーん、やっぱり見る方が見ると、高い評価の計画なのだと勇気百倍

そして、この方とは別に数日前に残念ながら
「辞退します」とメールをいただいた方にも驚かされました。
その理由がすごいのです。
数年前に司法試験に合格していたそうですが、
急に司法修習を始めることになったとか。
司法修習期間中は収入がないに等しいので住宅ローンが組めないから、
というのがご辞退の理由でした。

眼が点になりますねw。
私は世間をナメ過ぎていました。
「お前は自分がどれだけエライとおもとるかしらんけど、お前なんぞは世間のことをちいとも分かったらん」
死んだオヤジから1万6500回くらい聞かされた決めゼリフが
ガガガーンと耳元に蘇ります。

確かに、私は世間というモノをナメナメ生きております。
何回痛い目にあっても、また同じ事を繰り返しております。
「性懲りもなく」などと、不動産屋を小ばかにできません、ホントに。

今回は、心底反省することに致します。
自分以外はバカだから許そう、などという傲慢な気持ちは、
今後不動産屋と広告屋を相手にしたときだけに適用することにします。
その場合は、経験上ほぼほぼ間違いないはずなので。
「ホンマに反省しるんかい?」
アレ・・・なんかそんな声がどこからともなく・・・

いいえ、心を改めます。
そして、今後もマジメに募集活動にとりくみます。
10月の22日土曜日と23日の日曜日に、
現地近くの若松地域センターで説明会を開催します。
ご興味のある方は、ぜひご参加ください。
でも、くれぐれもお願いがあります。
法曹資格者である、とか
ドクターである、とか
一級建築士もしくは不動産業者である、とか
実はノーベル賞候補だとか・・・・
どなたでも大歓迎ではあるのですが、
できましたらお申込の段階でお教えいただけますでしょうか?
あとからビックリ仰天で「ギョエー!」となるのも悪くないのですが、
私はドッキリ系があまり得意ではないもので。
くれぐれもよろしくお願いします。

新宿余丁町コーポラティブ計画のご案内はこちらから




何度も書いていることですが、私は京都市内で生まれて
そのまま22歳まで住んでいました
今でも実家があるので、時々は帰省しています。
しかし、東京に住んですでに25年を超えました。
東京という街では、同和問題はまるで他人事ですね。
無いわけではないのに、無いも同然の様に感じます。
ところが、京都では実に身近な存在。
私の通った小学校の学区にも、同和地区がありました。
高校でもありました。
当時の京都の公立高校は「小学区制」という日教組式悪平等の権化みたいな
システムが生きていて、希望の高校には入学できませんでした。
出身小学校ごとに入れる公立高校が指定されていました。
つまり、当時の京都府立高校には「通学区」があったのです。

そして、どの学校でも「同和教育」なるものが盛んに行われていました。
ただ、何を教えてもらったか、さっぱり思い出せません。
たいていは寝ていましたから。
そして、同和教育に熱心な教師というのは、
ほとんどが生徒から敬遠されている、
妙に正義感が上ずったタイプが多かったように思えます。
ああいった教育は、結局プラスマイナスで言えば、
マイナス面のほうが大きかったのではないでしょうか?
そのせいか、今はあまり行われていないようです。

私の場合、小学生の時の遊び友達には同和地区の子たちがいっぱい。
よく彼らの家にも遊びに行きました。
その頃はすでに、公団式の鉄筋コンクリ―ト集合住宅でした。
子どもの感覚では、別にどうということもない友だちの家。
教師や親たちが騒がなければ、同和を意識することはなかったでしょうね。
でも、長ずるにつれ、その存在を否応なく知ることになります。

これは、誠に日本の悲劇といっていい問題です。
インドにはカーストという、信じられないほど陋習化した身分制があります。
人間というのは、これほど馬鹿げたことにここまで熱心になれるのか、
と呆れる思いがしています。
でも、こと同和問題に関して、日本はインドを嗤えません。
韓国にも白丁という被差別階層があるそうです。
彼らには本貫という氏族制度が濃厚に残っているので、
住んでいるエリアはバラバラになってしまっても、
結婚差別としては長く残りそうに思えます。

この本の著者も同和地区出身者だそうです。
最近の同和地区(といっても10年前)の若者たちから取材した労作。
かなりリスペクトできる「お仕事」をなさったと思います。
関西の話し言葉がそのまま描写されているのも、実にリアリティがあります。
(せやせや、こんなこといいよるオッサンおるやろうなあ・・・)
なんて、思わず頷きながら読んでしまいました。

きっと、ご本人もかなりクレバーで性格がさっぱりなさっているのでしょう。
妙に斜に構えるのではなく、取材した内容をかなり平明な視点で
再現されているように思えました。
ただ、これだけの作品に仕上げるための労力と熱意には敬服するばかり。
この方のジャーナリズムは、間違いなく一流です。

また、「これがいけない」「こうでなければいけない」という、
読み手側がしんどくなるような主張や意気込みのないところにも好感。
同和教育に必要なのは、実はこういう本ではないでしょうか?

解説を書いているのは「コリアン世界の人々」という名作がある、
ノンフィクションライターの野村進氏。
そこで彼は、あの「釣りバカ」のスーさんこと三国連太郎や、
京都府出身の政治家だった野中広務も部落出身者だと書いています。
芸能人や政治家、スポーツ選手などに、
部落出身者がかなりたくさんいらっしゃることは衆知の事実。
この本には、総数が全国に200万人以上と書かれています。
全国的な人口比で言えば1.6%程度ですが、
こと京都奈良に限っては5%くらいではないかと想像します。
多分、創価学会の会員といい勝負(笑)。
同和問題をこれだけ身近にするこの感覚は、
東京の人にはちょっと分かりづらいかもしれませんね。

1922年の水平社宣言から約90年。
随分と部落差別は改善されたのではないかと思います。
インドのカーストや韓国の白丁はどうか知りませんが、
日本の部落差別はあと100年もすれば、ほぼなくなると思います。
いずれなくなるようなものであるのなら、
今からないものだと思っても何の支障もないはず。
要は、人々の意識の問題が大半です。
でも、時々大騒ぎする人がいるから、みんな再認識してしまうのです。
ちょっと前にマスコミと揉めて辞任騒ぎを起こしたあのおバカな松本元大臣は、
騒ぎたい方々にまったくの好餌を提供してしまいました。
本当にアホみたいな出来事でしたね。




我が家には小中高一匹ずつの子どもがいます。
それぞれ、学校に通って授業を受けているようなのですが・・・
彼らと話していて思うのは、教室に座って先生から教えてもらう内容の
半分も身につけていないのではないか、ということ。

高校生の長女は、音楽系なので英語や数学の授業はほぼ睡眠時間。
教育系附属に通う長男は、1年の半分くらいが教育実習生の授業。
何かを教えてもらうというより、実習生とテキトーに付き合っている感じ。
公立小学校に通う次女は、学校で遊び、塾で学んでいるのが実態。

自分のことを振り返っても、教室で何かを教えてもらって身につけた、
という記憶がほとんどありません。
いつか書いたように、テストはほぼ「一夜漬け」で事足りました。
授業を受ける、というのはほぼ儀式みたいなものです。

だからかどうか、社会に出てからは「研修」というのが大嫌い。
サラリーマンはわずか4年半でしたが、やはり何回か「研修」を受けました。
正直に言うと「アホくさ」の一言ですね。
だって、壇上の講師がしゃべることは、ほとんど知っていること。
やらされることは、ママごとみたいでこっぱづかしいばかり。
まあ、そんなわたくしごとはどーでもいいのですが。

いつか何かの本で読んだことがあるのですが、
文部省の指導要領に従った高等学校での教科内容を
完全に習得するには、IQが120以上必要なのだそうです。
IQ120というのは、統計的に上位15%未満です。
つまり、100人の内85人は高校で勉強しても、
その教科内容を身につけられないのです。
この数字は、いかにもリアリティがありますね。

私自身、高校時代の教科で数学Ⅱや生物、化学は習得率ほぼ0%。
もちろん、はなから「習得しよう」という意思がありませんでした。
でも今、アインシュタインの相対性理論の「一般」くらいは
何とか理解できる程度の理科知識はあります。
そんなこと、私の人生には何の役にも立っていませんが(笑)。

思うのですが、学びたくない人間をわざわざ教室の机に縛り付けて、
カタチだけ教科書を開かせておくことに何の意味があるのでしょうか?
いってみれば「高校卒業」という形式を得るための壮大なムダです。

長女の個人レッスンを担当している教授は、
高校時代の音楽以外の成績は、ほぼ「オール1」だそうです。
しかしながら、人柄も教養も実にご立派です。
英語もドイツ語も不自由なくお使いになるそうです。

そんな現実を見ていて思うのは、日本の教育システムというのは
我々に実に不合理な労力を強いているのではないか、という疑問。
そもそも、高等学校で習うようなことは、ほとんどの人にとって
人生でほぼ役に立たないガラクタのような知識です。
でも、今の高校進学率は96%。
そして、高校の授業内容を習得できるのは15%未満。
どう考えても80%くらいの高校生が、無為の時間を過ごしているのです。

さらに、もっといえば大学。
今の大学進学率は50%前後。
高校の授業内容もよく理解できない人々が、
大量に大学に進学しているのです。
これって、すごーくムダではありませんか?

「大学は人生のモラトリアム期間」などという考えもあります。
でも、日本の大学生できちんと『高等教育』に値する勉強をしている人が、
いったいどれだけいるのでしょう?
コンパとバイトに明け暮れて、テキトーに単位をとって卒業している
大学生が90%くらいではないでしょうか?

「榊! お前だってそうだったんだろ?」
と、お叱りをいただきそうですが、私は違いますよ。
小中高大を比べれば、大学の時に一番よく勉強しました。
なぜなら、学問の真似事がとっても面白かったから。
もう少し出来がよければ、院に行って研究者になりたかったくらいです。
だから、もうひとつ大学に行ったくらいです(笑)。

今、日本は敗戦後でもっとも深刻な危機的状況です。
若者が、未来に希望を持てない社会になっています。
大学を出ても、マトモに就職できる人が半分を切ったのではないでしょうか?
かつての日本は、「大学はレジャーランド、職業訓練は会社で」
という仕組みが成立していました。
今は、そんな牧歌的な人材養成システムが成立しません。
悠長に『入社2年くらいは教育期間』などと構えていられる余裕は、
ほんの一部の大企業にしかなくなってしまったのです。

では、どうすればよいのか?
実現可能な方策は、あまり多くありません。
大学は、もっと実践的な教育を施すべきでしょう。
学生から授業料だけ取って遊ばせておくのではなく、
社会に出て即役立つような「訓練」機関に変貌する必要があります。
特に、ここ20年ほどで雨後筍のように発生した新設大学は、
プライドをかなぐり捨てて職業訓練に邁進すべきでしょう。

高校も変貌すべきです。
公立高校でも、進学率の高くない高校は、
専門学校で行っているような職業訓練カリキュラムを
どしどしと取り入れるべきです。
高校を卒業して、さらに高い授業料を払って専門学校に進む、
というのは何とも無駄な気がします。
進学校でない高校は、「専門学校化」すべきです。
そのためには、文部省は今の指導要領を弾力化する必要があります。
85%が習得できない高等学校のカリキュラムを改め、
もっと実践的な技術を習得できる内容に改変すべきですね。

私の専門分野で言わせていただければ、
「不動産高校」なんていうのがあってもいいじゃないですか。
人間にとって大切なことは「衣食住」。
そのうちの「住」を学ぶに、高校から始めて何の不都合がありましょう。
「衣」や「食」とちがって「住」とそれに付随する「不動産」には
「いかがわしい」というイメージが付きまとっていました。
でも、それは制度的な呪縛が大きかったと私は思います。
今の日本は、一応の「法治国家」。
不動産関連の「法」を理解するために、大学教育のレベルは必要ありません。
現に多くの「高卒」の方々が宅建の試験に合格しているではないですか。

先見性があり、志と勇気のある学校経営者の方がいらっしゃれば
ぜひ「不動産高校」を創ってみてください。
私は大いに協力させていただきます。



2011/10/1 1:37 | ちょっと脱線 | Comments (1)

前回に引き続いて、不動産価格の下落が
この国に与える好影響について考えてみたいと思います。

日本経済は平成バブル崩壊以後「失われた20年」の間、
ほぼずっと停滞を続けているといっていいでしょう。
この間、個人所得はズルズルと下がっていっています。
不動産の価格は、1990年から2002年頃までダラダラ下がりました。
そのあと、例のミニバブルがやってきて急上昇。
しかし、2009年をピークに大きく下落。
その後、またダラダラと下がっています。
ただ、平成バブルが始まる前の水準までは、まだ達していないようです。
つまり、住宅価格はまだまだ下がっていくだろうと予想できます。

一方、景気が急速に回復でもしない限り、個人所得の拡大も望めません。
「家の値段は下がったけど、給料も下がったからなー」
というのが、大方の人々の現状ではないでしょうか。
なんとも切ないことです。

私は、今後は個人所得の減少を上回るスピードで
住宅価格も下がっていくだろうと予想しています。
特に、郊外において下落スピードは速いと思われます。
首都圏においては、不動産価格の上昇は「時計回り」の順番だと言われます。
反対に、下落は「時計と逆回り」です。
つまり、千葉→埼玉→神奈川、最後に東京へと来るわけです。
現に、野村不動産が分譲している千葉の稲毛の大規模マンションや戸建てタウンは
数年前では考えられないような価格で販売されています。
この流れは、すでに埼玉、神奈川へとつながっていそうです。

こういった住宅価格の下落は、本来は歓迎すべきことです。
所得がさほど高くない方にも「マイホームの夢」が実現するからです。
でも、私としては今のところ「これからまだまだ下がるのだから、ちょっと下がったからといって慌てる必要はありませんよ」というスタンスで構えています。
山手線の内側や人気エリアの駅近で買うのならまだしも、
郊外物件できつい住宅ローンを組むべきではありません。

前回の記事で書かせていただいた通り、
住居費が収入の2割以下に収まる時代がやってくるのです。
これは、社会のあり様としてひどく健全だと私は思っています。
また、見方を変えれば、老人から若者への「富の移転」でもあります。
というのは、不動産を所有しているのは、ほとんどが老人です。
今までは、老人たちのもつこの資産に対して、若年層の人々は高い家賃や
ローンという対価を払うことで使用していたわけです。
でも、来るべき近未来に、若年層はこの頸木から解放されます。
比較的安い家賃やローンで、住宅を使うことができるようになるからです。
その分、老人たちの取り分が減り、貧しくなります。

今、日本の個人資産は1200兆円とか1000兆円などと言われています。
これらの所有者は、ほとんどが老人です。
老人たちは、このお金をしっかり仕舞いこんで使っていません。
だから景気が悪いのだ、という経済学者もいるくらいです。
一方、給料の安い若年層は、あまり豊かな暮らしをしていません。
日本を元気にするには、何もしない老人から資産をはがし、
若年層に行き渡るようにすべきだと私は考えます。
そのひとつの動きとなり得るのが「不動産価格の下落」なのです。

ある程度能力があって、きちんと仕事をしている20代から30代の人々が、
経済的にもっと豊かになり、可処分所得が増えれば・・・・
今よりも結婚する人が多くなるでしょう。
子どもを作ろう、育てようという発想にもつながるはずです。

現在、若年層の未婚率が高まっているのも、
女性の出産率が低迷しているのも、多くは経済的理由だと思います。
今時、子どもを育てるにはそれなりのスペースが必要です。
日本も文明度が高くなったので、昭和時代のように
「親子で雑魚寝」というワケにもいかなくなっています。
学齢期になった子どもには、部屋も与えなければいけません。
75㎡の3LDKなら、子ども2人が限界ですね。

そして、日本の都会で子育てをするのは、あまりにもお金がかかりすぎます。
わたくしごとで言えば、わが家の豚児が2年前に中学受験をしました。
塾代その他もろもろで、受験前の1年間で100万円以上の費用がかかりました。
そして、中学受験は4年生の時から準備をするのが普通になっています。
その3年間の費用たるや、もうベラボーといっていいでしょう。
いってみれば、こういう「子育てハイコスト社会」の現実が、
少子高齢化・人口減少の大きな要因だと思います。

この「子育てハイコスト社会」の一角を占めているのが、住居費。
だから、それが軽減される不動産価格の下落は、歓迎すべきことなのです。
ついでに言ってしまえば、わが家のような貧乏一家でも
中学受験をさせなければいけないほど頼りなくも荒廃した、
「公教育」の制度も抜本的な改革を行うべきでしょう。
何らかの競争原理を導入すべきだと思います。

一方、若年層の所得を増やす簡単な方策もあります。
それは、労働基準法を改正して「同一労働・同一賃金」の条項を加えることでしょう。
どこの会社にでもいる、「何もしないで高給を食む」オッサンを
ひとり残らず追放してしまうことです。
現に、フランスやドイツではこの原則が守られているようです。

老人たちの既得権でがんじがらめになっている・・・
それが今の日本の停滞の大きな原因ではないでしょうか?
それらの既得権をひとつずつひっぺがし、若年層に移転する。
日本を元気な国に再生するためには、それが一番です。
不動産価格の下落は、その重要な一部なのです。