奈良県吉野への追想 老いてかくあるべし

8月と言うのは、マンションが売れません。
12月から1月半ばまでも同じ。
お盆や正月、クリスマスで人々の気がそぞろ。
モデルルームに行って2時間も低能な営業マンの説明を聞く
気力がどこかへ飛んで行ってしまうのでしょう(笑)。
ということで、今日も脱線します。

私は学校を出てから30年を過ぎました。
その間、働きづめ・・・というのは少しだけ嘘ですが、
まあ1か月も連続で休んだことは一度もありません。
働く合間に、もう一つの大学も出てしまいましたが(笑)。
そういえば、カタチだけの「失業」なら2回ありました。
でもまあ、何かやっていましたね。私も一種の職人ですから。

「文章を書く」というのが私の職能です。
今よりもう少し若い頃は「小説家になってみたい」なんて考えました。
もっともっと若い頃は、政治家になろうと思っていました。
まあ、それはいいとして。

何回か前のブログ記事で、奈良の吉野に行った話を書きました。
そこは私のルーツのひとつ。いってみれば、私の「田舎」です。
私はこの20日ほど、その吉野のことばかり考えています。
あの山や川の美しさや気高さもさりながら、
再会した方々から受けた印象が何とも鮮烈なのです。
80歳になっていらした叔父さんは、最後にこうおっしゃいました。
「人間はな、何でも『コレは』と思うことを懸命にやらなあかん。『儲かるから』と始めたことで、一時は儲かるかもわからんが、決してそれは長続きはせえへん」

彼は若い時からある一つのプロダクツを作ることに専心なさってきました。
今ではその道にかけて、おそらく日本一かもしれません。
今も毎日工場に出て機械を見守り、整備し、
実際の生産に携わっておられるそうです。
80歳を超えた今も現役なのです。それも立派に。
多分、あの工場の機械は叔父さんが毎日丁寧に整備しているから
つつがなく稼働して彼のプロダクツを生産しているのでしょう。
その工場の主な5つの機械は、もう30年以上も稼働しているそうです。

私は、そういう機械のひとつひとつを改めて眺めました。
どれもみな古く、時代を感じました。
しかし、いずれもが見事に整備され「いつでも動くぞ」という
意気込みを見せていました。まさに精緻なる機械工学の結晶。

「ワシはな・・・の職人やと思うとる」
叔父さんは、別れ際にそう言ってくれました。
「・・」とは、彼が半生をかけて作ってきたプロダクツです。
それを聞いて、私は自分の人生を振り返りました。
「僕にとっては『文章』がそうかもしれません」
その時、私は精一杯背伸びをした答えを返してしまいました。
「まあ、それやったらそれでええやないか」とは叔父さんの答え。

それ以来、私は自分の人生の来し方行く末を考えています。
私にとっての『文章』は、あの叔父さんが一生をかけて
「ワシは・・の職人のつもりや」と言ってくれた「・・」に
果たして匹敵するほどのものなのか・・・と。

私は53歳。叔父さんは80歳だそうです。その差、27年。
私は80歳になっても人に読ませる文章を書いていられるのか?
まあ、勝手に書くのは自由ですが、誰かがそこに価値を見出して
読んでいただけるほどの文章を書いているか?
それよりも、80歳まで生きているかどうかさえ分かりません。

ここ20日ほど、ずっとそんなことを考えて生きています。
80歳になった叔父さんが工場で機械に対する様を見ていると、
練達の「職人」が醸し出す気高い空気を感じました。
わが子の自慢をするように機械の仕組みを説明なさる姿は、
仕事人としての自負にあふれていました。
私が80歳になった時に、自分の仕事をあそこまで愛情深く
誰かに語ることができるのでしょうか?

この世の中はつまらない事象や、しょーもない連中がいっぱい。
嘘つきや見栄っ張り、はったり屋にいばりん坊たちがウジャウジャ。
長らく東京のような都会で暮らしていると、
こういったこすからい人間社会にまみれます。
知らず知らず、ついつい目の前のことばかりを見てしまいます。
しかし、時間は平等に過ぎるもの。

私の歳になると「人生の残り4分の1をどう生きるか」ということを
そろそろ考え始めるのです。
「ワシは・・の職人のつもりや」と言ってくれた80歳の叔父さん。
その顔には80年をきちんと生きてきた証が刻まれていました。

「人間はかくあるべし」なんていう答えはどこにもありません。
人はみなそれぞれです。手前勝手に生きればいいだけ。
しかし、その叔父さんの姿は私に一種の「憧れ」を誘いました。
私も、できることならああいうふうにありたい。
自分の思った通りに生きて、思った通りのモノを作り、
それを世間がある程度認めてくれている。なんと幸せでしょうか。

老いてかくあるべし。
私の『文章』 は、叔父さんの「・・」ほど世間に
通用するかどうか分りませんが、せいぜい憚ってやろうと・・なんて(笑)。
また吉野に行きたい。そう思いながら残暑の日々を過ごしています。

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2015/8/13 9:24 Comments (2)

2 Comments

まろたんさん、こんばんは。

さすがまろたんさん。すべてをご理解いただけましたね。
そうなのですよ、すごくかっこいい。
僕は子どもの時に彼の中年期に会っています。
あのころは、ちょっと怖いおっちゃん。
なんか、仕事に熱心で、厳しそうな。

それからウン十年。
彼がひたすら自分の仕事に打ち込んだことを
私は知っていました。
そして32年ぶり会った80歳の叔父さん。
いい歳をおとりになっていた。
そして、現役で工場に出て、機械を動かしていらした。
感動しましたね。美しかった。
羨ましかった。自分もああいう風に歳を取りたい、と真剣に思いました。
この夏は、いい思い出を作りました。

ごきげんよう。 榊淳司

2015/08/14 21:46 | by Sakaki Atsushi

榊さま。

奈良・吉野にて会ったひと、そして思うこと。
ですか。
八〇になられる叔父さま。職人道ひとすじ。
人生は、畢竟「出会い」であります。

職人と言えば。
道具を大切にする、律義、寡黙。泣き言いわず。グチと無縁。
我が道を黙々と。いつも心の中に抱く言葉。
・・・ 人生、カネだけじゃないだろう。
「男っぽい」
少なくなりましたねえ。こういう、日本人。

「品」があるんですね。なんとも言えない。
ごくごくごく稀に、こういう人に会いますね。
で、感じるんですね。心底、思うんですね。
「すごいなあ」って。
こういう出会いは、人生の「僥倖」ですね。

やはり人生は「出会い」です。これに尽きますね。

吉野の叔父さま。
榊さまの「お宝」ですよ。なかなか、ですよ。

ごきげんよう。

2015/08/14 21:09 | by まろたん

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