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榊 淳司オフィシャルブログ

近畿圏のマンション市場が好調だそうです。
どうしてでしょうね?
理由がよく分かりません。
ここ数年、ずっと不調だったと私は理解しています。
市場というのは、時々気まぐれな動きをするものです。
数年たつと、こんな変な動きもある程度説明できるようになるのですが、
そのさなかにあるときには分からないもの。
バブルの絶頂期には、そうとは認識できにくいのと同じ。

私のマクロ的な感覚では、大阪を中心とした近畿圏の経済力は、
はっきりとした長期低落傾向にあります。
この流れは、ちょっとやそっとでは止まらないでしょう。
「大阪vs.東京」の戦いはここ2、30年の間、ずっと東京側の優勢。
大阪はどんどんと衰退していっているはず、なのです。

この流れにちょっとだけさざなみをたてたのが、昨年3.11の大地震。
東京の極少数のおっちょこちょいたちが「放射能が危険」と早とちりして、
関西圏に移住していったのです。
私が知っているある不動産会社は、本社を京都市に移転しました。
京都というのは、天災がほとんどありません。
だから1200年も都が続いたわけです。
「だから、京都が一番安心」と考える方がいるとかで、
京都の不動産に人気が出ているそうなのです。
私のような京都生まれの人間にとっては「へえ、そうなん」という感じ。
今度東日本に大きな地震が来るのがいつかは分かりませんが、
それがなければこんな「けったいな」動きもあと1,2年で終るはず。

やや希望が持てるのが、橋下市長の一派である「維新」。
今後どうなるかは分かりませんが、彼はこれまで大阪を停滞させてきた
宿痾に対して果敢に挑戦し、一部で勝利を収めつつあります。
その宿痾とは、大きくふたつ
1 組合に支配された役所のナーナー体質
2 同和団体の不自然な役所支配
大阪から大企業が次々と逃げ出していく制度的な原因は、
行政の緩みと逆同和問題である、と私は推測しています。
この2つ頚木から解放されると、大阪の経済活動は少しマシになるはず。
橋下さんの活躍に期待したいところですが、
いわゆる「抵抗勢力」も相当に強力そうですね。
既得権を持った連中がこぞってそちらに回っています。
もし橋下さんの一派が衰退すると、またぞろ低落路線に逆戻りです。

大阪の経済が衰退した原因をもう2つほどあげるとすれば、
まず、彼ら独特のローカルな商習慣ではないでしょうか。
ウニャウニャと曖昧さを残した取引が多いこと。
交渉ごとでもウダウダ面倒くさいことをいう方が多いですね。
また、そういった曖昧さや迂遠さを「悪」とみなしていないのが大阪。
京都なんか、もっとそうです。
自分が京都人だからよく分かりますが、
話している言葉と双方の思惑が全然違うのが京都人同士の交渉。
ああいっためんどくささ、分かりにくさは現代社会では「悪」です。
私に知る限り、東京の商慣習は隅々までテキパキとビジネスライクに
決めていくことが「良」であり、曖昧な取り決めは「悪」。
また、日本人同士なら多少の曖昧さも許容範囲に入りますが、
外国が絡むとそんなことは全然通じません。

次に、大阪の場合は「適正な競争」が行われていない場合が多そうです。
つまり、ドロドロとした人間関係やズブズブの接待によって、
発注・受注が成立している場合が、東京に比べてかなりあるといいます。
アジア的といえばアジア的。昭和感覚といえばそれも然り。
経済規模は東京の数分の一にも関わらず、
夜の街の繁栄度はざっくり半分くらいではないでしょうか。
そういった方面に流れる無駄ガネ比率が高いということは、
それだけ商習慣が非合理的だとみなすことができます。

まあ、そんなことどもはいいとして・・・・・
最近近畿エリアで好調に売れたというマンションを見ていると???
「なんであんなんが売れるの?」
といいたくなるものがたくさん混じっています。
また、何が何でも無理クリ「人気化」させることが営業手法になった
某デベロッパーの物件が含まれていたりもします。
つまり、需要が本格的に回復しているとは思えないのです。
私としては、これは一時的な現象だと見ているのですが・・・

ただ、マンション業者はそう見ない人が多いはず。
これから1年チョイは「駆け込み需要」も見込めます。
それを取り込むためにイケイケドンドンで事業を進めるためには、
この1ヶ月くらいで土地を仕込む必要があります。
きっと今頃、関西エリアでは中規模以下のマンション用地は
「争奪戦」の様相になっているのではないでしょうか。
まあなんといっても懲りない連中ですから。

昨日の朝日新聞にも私のコメントが出ていましたが、
消費税増税前の駆け込み購入は、おバカな購買行動です。
「高づかみ」の可能性が高くなると考えてください。
増税後の需要「反動減」で、価格が低落することが予想されます。
そうでなくても、マンションの価格は毎年2-3%ずつ下がっていくはず。
なーんにも慌てることはないのです。
これは、関西でも関東でも同じ。

大阪の人は東京人よりも少しおっちょこちょいな所があります。
「今はマンションの買いどきでっせ」といわれたら、
「そうかいな。ほな、かわなあかんなあ」となる人も多いはず。
その点、京都人は決断が遅い分、少し落ち着いています。
「ほんまですかいな。そんなに慌てることはあらへんのちがいますか」
とまあ、こんな感じ。
でも、今はこれで正解だと私は思います。




本日、敗戦記念日。
あの「容赦なき戦争」で散華した幾百万の方々に、黙祷。

最近、読み終えた本に「きけ わだつみのこえ」というのがあります。
いつかは読まねばならない、と思っていた本でした。
やはり、そこに重たいものを感じ、どことなく「もう少しあとで」と
思い続けているうちに数十年の時を過ごしてしまっていました。

読むまで私は、この本のことを「学生出身の特攻隊員の遺稿集」と、
やや勘違いしていました。
実際は特攻隊に限らず、あらゆる兵科の戦没学生の
様々な遺稿が収められておりました。

感想を一言でいうならば「痛ましい」でしょうか。
何といっても、それらを書かれた人々は、
一人としてあの戦争を生き延びられなかったのですから。
一人ひとりが残した文章を読みながら、
「この方々はみんな亡くなった。何と惜しいことか・・・」

出身校の如何を問わず、それぞれに立派な文章です。
今の感覚では、とても20歳前後の方が書かれたとは思えぬほど、
しっかりした精神と知性を感じさせるものばかり。
そして、それらに共通して感じられるものは「死の影」。
自分は命を落とすかもしれない、否、十中八九は生きて還れない・・・
そういう気持ちが、直接間接に各人の文章に滲んでいます。

日本は、あの戦争で何と多くの有為なる青年たちを失ったのでしょう。
実は、私の叔父も陸軍上等兵としてニューギニアで戦病死。
幹部候補生試験の受験が間に合わず、兵のまま南方へ送られたと聞きました。
もちろん、戦後生まれの私は彼にあったことがありません。
10年ほど前、靖国神社で調べてもらったら、
ちゃんと祀っていただいておりました。感謝!
その叔父さんへの気持ちもあって、機会があれば靖国に参ります。
私の本を2冊出版してくれたWAVE出版が市ヶ谷にあり、
打合せの前後にお参りできたので、都合もよかったですね。

今日もたくさんの方が参っていますね。
私は群集の中に身をおくことが苦手なので、数日後に参るつもりです。
野田君は早くから「参拝しない」と明言していますね。
情けないことです。
それだけでも、総理を辞めてもらう理由になります。

この67年、日本は国を挙げて隠忍自重してきました。
外国、特に周辺の国家に対しては低姿勢に徹してきたといえます。
「謝れ」といわれれば誤り、「金を出せ」といわれれば出しました。
さらに「技術をよこせ」と、いわれれば惜しみなく与えました。
その結果、どうなったでしょう?

半島南半分のダイトーリョーであるアキヒロ君が、また妄言したそうです。
「日王はひざまずいて(土下座して)謝れ」ですって。
先日のブログで書いたとおり、本人もかなり苦境にあるとか。
あの国のダイトーリョーは任期終盤になると、
いつも「反日」で求心力を維持しようとします。
どうしようもない、といえばどうしようもない連中です。

「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」といったのは
プロシアの鉄血宰相といわれたビスマルク。
日本人もわりあい「歴史好き」が多いようですが、
実は支那や半島では半端ないそうです。
歴史自体が、国のアイデンティティになっているといっていいでしょう。
歴史に対する捉え方がだいぶ違います。
日本では、歴史というと昔話の親戚であり、ドラマの対象。
どちらかというと、自分とはほぼ関係ない「世界」。
でも、彼らは違うのです。
それは明解に彼らの現在につながるものです。
例えば900年も前の南宋時代、国を売った秦檜という人物は
今でも多くの支那人から憎まれ続けています。
浙江省杭州の岳飛廟にある秦檜夫婦の像は、
訪れる支那人たちに棒で頭を叩かれたり、唾をはきかけられているとか。
秦檜の子孫たちは、900年後の今も肩身を狭くして暮らしているそうです。

半島では、自分たちのあまりにも惨めな歴史を
ありのまま受け容れることができないので、
荒唐無稽な「改竄」を平気で行っています。
竹島が自分たちのもの、という国際司法裁判所では絶対に
通じない主張も、そういった「改竄」の一部分でしかありません。
そして、日本統治時代に官側にいた人々の子孫を公職から追い出したり、
現在の資産を取り上げるといった野蛮な法律を平気で作っています。
そういった人々に、いったい何の罪があるというのでしょう?

翻って日本。
日本に敗北をもたらす一因を作ったゾルゲ事件に連座した
朝日新聞記者・尾崎秀美(ほつみ)は、言うなれば「売国奴」。
では、その一族はどうなったでしょう?
日本人は、こういうことは忘れっぽいものですね。
かれの異母弟・尾崎秀樹氏は作家にして文芸評論家。
日本ペンクラブの会長もおつとめになりました。
この方の文章、私はなかなか好きです。

ちょっと話は変わりますが、今読んでいる本は、東條由布子さんの
『祖父東條英機「一切語るなかれ」』。
67年前の8月15日以降、東條の家族たちは当局の逮捕と、
周りからの「白い眼」に脅えて各地を彷徨います。
著者である孫の由布子氏も、幼い時は相当辛い目にあったようです。
しかし、それが何十年も続くことはありませんでした。
今では、東條英機の名誉もある程度は回復しています。
彼の一族に危害を加えようとする日本人など、皆無でしょう。
ちなみに、東條英機氏は刑場の露と消えましたが、
それは「公務死」とされ、靖国神社に祀られています。
支那や半島は、そこに文句をつけているのです。

「死なばみな仏」あるいは「神」となるのが日本。
死者に対して鞭打つことをしないのは、わが国の美風だと思います。
対して、支那も半島も、死者さえ許してくれません。
900年後の子孫も同じ。
ましてや67年前に終った戦争なんて、
彼らにとっては「現役」みたいなものでしょう。

したがって支那や半島の連中に対して、おとなしくしていれば
「和解できる」などというのは幻想に過ぎません。
我々は今後何百年も、決して心から分かり合える友好国にはなれません。
では、どうすればよいのか?
警戒心を緩めずに、是々非々で付き合っていくしかありません。
我らの力が弱まれば、必ず付け込まれて酷いめにあいます。
お金や領土や、あるいは人をむしり取られるのです。
現に今、竹島は不法占拠され、尖閣を狙われ
横田めぐみさんたちは囚われたまま帰ってこられません。
これが67年、隠忍自重してきた結果です。
もし、日米安全保障条約がなければ、
もっと酷いことになっていたでしょう。

毎年、この季節になるとマスコミは戦争を取り上げます。
ほとんどが「過った戦争で多くの人々が犠牲になった」という視点。
違います。
確かに、負けると分かっている戦争を始めたのは、
けっして賢明とはいえないことです。
しかし、もっともいけないのは戦争を始めたことではなく、
「戦争に負けた」という結果です。
たとえ勝てなかったにしろ「負けない」程度であの戦争が終っていれば、
今のように周辺国から罵倒され続けることはなかったでしょう。
反省すべきは「なぜ負けたのか」「どうしたら負けなかった」ということ。
また、「なぜ日本がそこまで追い込まれたか」というのも大切。
だからこそ「歴史に学ぶ」ことが必要です。

8月15日がやってくると「いけない戦争だった」、
「平和を守ろう」「二度とあんなことはやってはダメ」と繰り返すのは、
なんら「歴史に学ばない」おバカなサヨク君たちの発想です。
歴史に学べば「戦争をしないためにはどうすればよいのか」、
「平和を守るためには何が必要か」という現実的な思考が生まれます。
「戦争はダメ」「平和を守ろう」と叫んでいるだけでは、
けっしてそういった願いは実現しません。
「ゲンパツ、ハンターイ」とどれだけのバカどもが叫んだところで
1ワットの電力さえ生み出せないのと同じこと。

8月15日は、「終戦」を記念して犠牲者を弔うのではなく、
「敗戦」を噛み締めて英霊たちに謝意を表する日であるべきです。

お知らせ 新作レポートのリリース

みなさんからご要望の多かった

千代田区・総集編
全24物件をすべて解説
価格 5,290

現在、千代田区内で販売されている
ほとんどの物件を取り上げています。
ご参考のため、コンテンツを出しておきます。

神田エリア(東)
1  ウェリスタワー千代田岩本町
2  リビオレゾン千代田岩本町 ザ・レジデンス
3  リビオレゾン千代田岩本町 ザ・マークス
4  アデニウム東神田
5  クリオ東神田
6  ルネ神田和泉町
7  シティインデックス秋葉原
8  プレシス東神田
9  CONOE(コノエ)秋葉原 岩本町
10 ウィルローズ小伝馬町

神田エリア(西)
1 ポレスター千代田御茶ノ水
2 CONOE(コノエ)秋葉原 万世橋
3 GREEN PARK 千代田淡路町
4  アンビックス神田
5 パレステージ神田

神保町エリア
1  レフィール千代田神保町

飯田橋・水道橋エリア
1  ライオンズ千代田三崎町
2  グローベル ザ・ステーション水道橋
3  クラッシィハウス千代田富士見
4  パークコート千代田富士見ザ タワー

番町・麹町エリア
1  ザ・パークハウス 四番町レジデンス
2 CONOE(コノエ)三番町
3  CONOE(コノエ)一番町
4  プレシス半蔵門




オリンピックが終って、日本はお盆休みに突入。
なんかこう、ちょっと間抜けな数日になりそうな感じですね。
まあ、こういうときにマンションの話をするのもなんなので、
今日も少し脱線をしてみたいと思います。

先日、やっとこさ消費税増税関連法案が成立しました。
またぞろ自民党の谷垣君が野田君にうまくだまくらかされたみたいですね。
ああいうアマチャンが野党第一党の党首でいることに、
今の日本の政治の貧困が象徴されていますね。
覚えていますか、もう2年近くも前になりますが、
尖閣諸島周辺のわが国領海に不法侵入して
海保の巡視船に体当たりした支那人の船長について、
谷垣君は「早々に帰国させれば問題にならなかった」と発言していたのですよ。
当時、あのドサクサであまり大きな問題になりませんでしたが、
アイツはダメ菅以上にダメダメなおっさんですよ。

まあ、谷垣君への批判は今日のテーマではありませんので、このくらいに。
本日の主題は「公明党」です。
自民と民主の陰に隠れてコソコソと動いていたので目立ちませんが、
あの「日本経済自殺法案」である消費税増税法案は
いわゆる「三党合意」でめでたく成立の運びとなりましたね。
なぜ、公明党が賛成に回ったのか?

これって、ほとんどメディアに取り上げられていません。
みなさんはなぜだと思いますか?

●公明党は真面目に財政の健全化を考えている
●公明党は社会保障破綻の回避をめざしているから

ノー、ノー、ノー。
そんな理由では絶対にないと思います。

そもそも、公明党って何のために存在しているのでしょう?
これっていつか取り上げたテーマなので、ここでは手短かに。
結論を言えば「創価学会を守るため」。ただそれだけです。
あの党は政党でありながら、なんらの政治な目標を持っていないのです。
もっとも、これは今の民主党も綱領がないので同じようなものですが。

ですから、「宗教法人への課税」とか「宗教法人の規制」などが
国会で取り上げられそうになると、それこそ「党を挙げて」反対します。
それ以外の問題は、基本的に彼らにとっては「どーでもいい」のです。
消費税が多少上がろうが、景気が悪くなろうが平気。
むしろ、世の中に不幸な人が増えるほど、
支援組織である創価学会への加入者も増加するはずです。

では、今回はなぜ自民と民主の尻馬に乗ったのでしょう?
民主党政権以前の「自公連立時代」のよしみ?
いいえ、これも違います。
理由は、小沢君たちが民主を脱党したのと同じ。
要は「選挙」です。

カンタンに言ってしまえば、公明党は来年の6月頃に
「衆参」と「東京都議会」のトリプル選挙になることを
悪魔が神を忌み嫌うがごとく、恐れおののいているのです。
その理由は?
新聞などには「トリプル選挙だと組織がもたなくなる」
といった、いたって曖昧な表現がなされています。
一見すると「学会に負担がかかる」とも受け取れますね。

公明党の選挙は、言わずと知れた「学会総動員」。
学会員以外で公明党の候補に投票する人なんて、限りなくゼロ。
したがって、学会員をどれだけ投票所に行かせるかが勝負。
選挙運動もすべて学会におんぶに抱っこ。
だからむしろ、3つの選挙を1回で済ませられれば
学会への動員が一度で済むので「負担が軽くなる」はず。
総選挙、東京都議会選挙、参議院選挙と3度の選挙をやれば、
東京地区では3回も学会組織をフル稼働させなければなりません。
学会員をいくらタダ同然で使えるからといって、3回は3回ですからね。

なのに、同時選挙を忌み嫌う理由は・・・・投票率です。
衆議院、参議院、都議会のトリプル選挙になると、
やはり投票率は自然に上がりますね。
投票率が上がると、学会の固定票しか持たない公明党は
当然のことながら苦戦となります。つまりは落選が続出。
それで「組織が持たなくなる」のです。

だから、公明党としては野田君が粘って満期解散になるよりも
なるべく早期解散で投票日を分散させたいのです。
そうすれば、国民の関心もさほど高まらず、投票率も普通。
それでやっと衆議院に議席が確保できるのが公明党なのです。
結果、消費税増税法案を成立させれば、野田君が早期解散を約束する・・・
という自民党の戦略にのっかったというワケです。
でないと、民主党は輿石幹事長の「負ける選挙は先延ばし」戦略で
かぎりなくトリプル選挙の可能性が高まるからです。

それにしても、投票率の上昇を望まない政党なんて、
民主主義の精神に反していませんか?
そんな政党が、日本の政治のキャスティングボードを担っている。
それが今のこの国の政権を不健全にしているのです。

その点、固定票比率の高い共産党は消費税増税反対、不信任案賛成と
自党にとって不利になる決断をやすやすとやってのけています。
私は、そういう点で共産党は公明党よりも「政党」だと思います。

みなさん、選挙に行きましょう!
自分の支持する政党を探して、投票してください。
民主主義は、そういう「基本的」な国民の行動がなければ成立しません。



2012/8/13 20:51 | ちょっと脱線 | Comments (0)

アキヒロ君、確かあなたは日本生まれだったので
あえて日本風に呼ばせていただきますね。
先日は我が日本国竹島をご訪問くださったようで、
日本国民としては誠に慶賀の至りと存じ上げます。
しかし、それ以上に残念なことは何のお構いも出来なかったことです。
願うらくは当方から歓迎委員会を派遣して、
アキヒロ君を盛大にお迎えしたかったのですが、
何分かの地は蛮族に不法占拠されておりまして、
我が政府の実効支配が及んでおりません。
せっかくお越しいただいたのに、
花束はおろかお茶の一杯も差し上げられなかったことに、
日本国民の一人として強く遺憾の意を表明いたします。

あの島を不法占拠している蛮族というのは誠に困った連中です。
実はわが国もその昔、かの蛮地に近代の文明をもたらし、
そこに住む未開の蛮族どもに知の光明を与えるべく、
35年ほど教導の努力をいたしたのですが、
どうも覚えの悪い連中でございまして、
67年前に我々が引き上げると、また元の蛮性に立ち返っただけでなく、
今では以前にまして暴虐無尽に振舞うようになりました。
まあ何といいましょうか、「恩知らず」というだけなら
我ら日本国民の寛容さをもって対処することも出来るのですが・・・
端的に申せば「恥知らず」かつ「無知蒙昧」でございまして、
我々日本人のみならず世界中から顰蹙を買っておるのが現状。
例えば、世界の多くの国がかの蛮族にもつイメージは
男なら犯罪者、女は売春婦というのが一般的です。
まあ、主要輸出品のひとつといっていいでしょう。
その他には、生まれたばかりの赤ん坊。
驚くべきことに、これも彼らの主要な輸出品でございまして、
その野蛮性の深さをご理解いただけると思います。
そして困ったことに、わが国の刑務所にもかの蛮国を
故地とする人々が実にたくさん収容されております。
暴力団員に占める割合も、相当に高いそうです。

しかし・・・かえすがえすも残念なのは、あと2、30年も
わが国がかの蛮族を教え、導いてやれば少しは文明を身につけ
今よりかはマシになったのではないかということ。
わが国が50年ほど文明化を助けた台湾には、
「日本精神」が今でもいきずき、立派な文明国に成長していますから。
思えば百年前、わが国がかの蛮族を教導せんと誓っとき、
あの連中のひどい様といったら目も当てられませんでした。
産業といえば原始的な農業のみといっていい状態。
商業はどういうわけか忌み嫌われ、ほとんどないに等しき有様。
王は統治せず、百官は汚職にまみれ、党派に分かれて合い争うのみ。
民衆は塗炭の苦しみに何百年も耐えていました。
王の住む街ですら、道端には糞尿が撒き散らされて悪臭に満ち、
小屋とも呼べないような貧相な建屋が立ち並ぶだけ。
人々はうつろな目をして覇気がなく、それでいて頑迷固陋。
かの地を訪れた西洋人たちが、そのあまりの酷さや
人々の蒙昧さに驚いた記録がいくつも残っています。
それでいて、宗主国である支那の使者がやってくると、
王は街の外まで出向いて額を地面に何度も擦り付け出迎えるのです。
また、毎年のように国富を削るほどの多大な貢物を
支那の皇帝に献じなければなりません。
その貢物の中には、支那人たちの奴隷になる女性たちも含まれていました。
誠に野蛮としか言いようのない状態が、
わが国の大正時代まで続いていたのです。

しかし、わが国は「かの地を文明化せん」という強い意思の元に
巨額の資金を投じて様々な施策を行うと共に、
民衆に対して慈悲深い啓蒙の手を差し伸べたのです。
道路を造り、鉄道を敷き、上下水道を整備しました。
土地の登記制度を導入して、私有財産制を確立。
全土に学校を設け教師を派遣し、児童に対して初等教育を施しました。
それまで読み書きすら出来なかった蒙昧の民に対して、
まずは母国語の字を教えるため、連中が数百年蔵にしまっていた
「ハングル」なるみょうちくりんな文字さえ掘り起こし、
その使用を奨励したのも日本人だったのです。

しかし、日本がアメリカとの戦争に敗れ、
さらには卑劣なソ連の裏切りにあってかの地を去ると、
ようやく文明化の端緒にあったものが、逆戻り。
日本がサンフランシスコ条約において独立を回復する
ドサクサにまぎれて竹島を占領してしまいました。
竹島がもとより日本領であることは明白。
日本は度々国際司法裁判所での決着を持ちかけたのですが、
法的に精査すると日本領であることが明確になってしまうので、
かの蛮族どもはそれをかたくなに拒否。
そのまま吏員を駐在させ、ヘリポートを造り、現在に至っているのです。

そういうワケで李アキヒロ君、貴君が先日我が最果ての領土を
訪問してくれたにもかかわらず、さしたるお構いができなかったのですよ。
きっと貴君は、真夏の避暑のつもりだったのでしょうね。
聞けば、今貴君のまわりは相当に「熱い」そうじゃありませんか。
兄上は何か不都合がって、身柄が司直の手に委ねられているとか。
それ以外にも、一族郎党から不肖の輩が続出しそうな気配だそうで。
貴君自身にも、なにやら怪しの影が迫っているとも聞きますよ。
だいたい貴君の前任者たちでマトモな生涯を全うした人は何人いますか?
必ず身内から罰当たり者を出して、任期終盤はズタズタ。
離任後は逮捕されるか、自殺するか、よくても非難ゴウゴウ。
まあ、そういう「熱い」ところを抜け出して、最果ての島で
一時の涼を得たい気持ちは十分に同情に値しますね。
だからあんなに短い時間でなくて、
思い切って1週間くらい静養なさればよかったのですよ。

まあ、とはいえあんな辺鄙な日本の領土にでも来てくださったことは、
日本人の一人として、歓迎の意思をお伝えしたいと思いました。
ただ、次回はわが国から歓迎委員会が派遣できる
状態になってからお願いしたいものですね。
だって、ロクなおもてなしができませんから。



2012/8/11 12:28 | ちょっと脱線 | Comments (8)

私は東京に住んで、ほぼ四半世紀になります。
その間、ずっとマンション業界の周辺をウロついておりました。
大半は広告制作プロダクションの経営者として、
広告代理店から依頼される仕事をこなしていました。
当然、そのまた向こうにいる広告のスポンサーである
マンションデベロッパーや販売代理の方々との打合せに出ます。
ただ頻繁に打合せに出席する、というだけでなく
時には接待の場に呼ばれて、太鼓持ちのようなことも致しておりました。
それ自体、私にとってさほど苦でありません。
むしろ楽しいくらいのものです。
ただ、時々すごく虚しくなったのは、
代理店やスポンサーから「あきらかにおかしな理屈」を押し付けられ、
それに唯々諾々と従わなければならなかった時。
(ワシはいったいこんなところに来て何をしてるんやろ?)
そう思わずにはいられなかったのです。

新築マンションの広告を作るという仕事は、
冷静に考えればかなり「アホくさい」ことばかりです。
だいたい、ロクでもないマンションを広告上では褒め称えて
それを見る人の判断力を鈍らそうとすることが目的ですから。
考え方によっては罪悪感さえ生まれてしまいます。

私は多分、20数年で1000物件以上の広告を作ってきたはずですが、
そのうち「これなら自分で買ってもいい」と思えたのは
10物件もなかったように記憶しています。
つまり、99%は「これを買ったら不幸になる」と思えるものばかり。

ある意味ではそういう不毛の作業を日々繰り返すのですが
それはそれなりに面白さも感じられるもの。
つまり「こんな表現をしたら客がくるのでは」と考えながら
様々な提案を繰り出す作業は、けっこう刺激的なのです。
それがうまくいってたくさんのお客さんに来てもらうと
「やったー」という嬉しい気分になったりします。
逆に、ワケの分からない理由で自分の提案が否定されたり、
どう考えても「アホらしい」ことをさせられると、げんなりします。
まあ、そういったことはどこの業界にもあるでしょう。
でも、不動産広告の世界には今でも独特の悪習がはびこっています。

最近、私は不動産以外の広告の仕事も
ちょくちょくさせてもらうのですが、歴然たる違いは次の3点。
1. 紳士的(常識的)である
2. 理屈が通る
3. 正常な納期が守られる

すこし解説すると、まず「不動産屋は滅茶苦茶なことを言っていい」
という不文律みたいなものがあの業界には厳然と存在するようです。
むしろ、滅茶苦茶であるほうが尊敬されるような蛮性が潜んでいます。
次に「不動産屋はバカな方がいい」というのも連中の共通認識。
あまり深くモノを考える人間には似合わない職種であると
業界中の人間が思っているフシが感じられるのです。
最後に、「業者は使い倒して、殺してもいい」くらいの認識が、
あの業界の隅々にまで行き渡っています。

だから、不動産広告に携わる人間には等しくM性が要求されます。
とある著名な制作会社の経営者は、自らを「ドM」と称しているそうです。
残念ながら、私にはMの性根もそれを装う演技力もありません。
では、どうやって四半世紀も過ごしていたかというと
「アホをまともに相手してもしゃーない」
自分は連中よりも賢いのだから許し、受け容れる寛容さが必要、
と自らを勝手に高みに立てて心をスルーさせてきたのです。

それでも、それなりにストレスは溜まります。
そんな私を救ったのは、やはり読書でした。
20代の終わり頃から40代にかけて、寸暇を惜しんで本を読んでいました。
それで知的な刺激を自分に与え続けて、自らを慰めていたのでしょう。
「知る喜び」と「知らないことへの恐れ」こそ
あの頃の自分を支えてきたエネルギーの源でしょうか。

読む分野は様々。
歴史や国際関係、政治、経済が多いのですが、自然科学もよく読みます。
小説も2,3割混じっているはず。
残念ながら、住宅関係は1割もありません。
この分野、なぜか良書が少ないのです。
ただ、建築の分野にはそれなりに読ませる本がありますね。

非常に残念なことは、読んだ本について
他人と語り合う機会が極端に少ないこと。
仕事上で接触が多かった広告代理店の営業さんは
だいたいが体育会系か同様の体質を持った方ばかり。
読書好きなんて、まずいません。
クライアントである不動産屋さんは前述の通りで、ほぼ話になりません。
雇っていた社員は、ほとんどがデザイナーさんたち。
つまり、仕事上でインテリに遭遇する機会は極めて稀。

たまに仕事以外で出会ったインテリや、学生時代の友人と会って
知的な会話が楽しめると宙に舞うような気分を味わいました。
そんな時、つくづくと「自分は道を間違えたか」と感じたもの。
私は今でこそ周りからインテリだと思われていますが
学生時代はただの貧乏なチャラ系男子。
ゼミ以外の勉強は単位を取れる程度にしかしておりません。
ですから、とても大学院に進学するタイプではなかったし、
当時はそういう気持ちもほとんどありませんでした。
でも、中年になってから「3流でもいいから学者になりゃよかった」
と思ったものです。
同じアホを相手にするのでも、そのポジションが
「客」と「生徒」では全然々ストレスが違うはずですから。
それで、一時期社会人を受け入れる大学院進学を考えたほど。
しかし、やはり仕事以外に多くの時間が取られ、お金もかかります。
家族を養わなければならないので、結局は実現しませんでした。

そんな日々を送ってきた30代も半ばの頃、ふと気づいたのです。
私には他人の意見をなぞったりしなくても、
多くの事象について自分の考えを打ち立てて、
それを表現することができる、という平凡にして驚愕すべき事実に。
つまり、自分の中に基礎教養の柱みたいなものが出来ていたワケです。

何度か同じことを書きましたが、
私がこのブログで「支那」という用語を使うと、
当初の頃は「人種差別」だと非難のコメントを寄せる方がいました。
正確にいえば「人種」ではなく「民族」に近いのですが・・・
まあ、そんな低レベルの話はどうでもよいとして。
中には「放送禁止用語だからいけない」と言ってくる方もいました。
ちゃんちゃらおかしな話です。
私は「自分の使う言葉を放送局に決めてもらおうとは思わない」そして
「自分で使う言葉を自分の基準で選べる程度の教養は持ち合わせている」
と、回答しました。

放送局がこういっているから、どこどこの学者がああいったから、
アメリカの誰々が唱えているから、朝日新聞に書いてあったから・・・
フェイスブックを見ていると、平気でそんなことを言っている方がいます。
あるいは、あたかもそういいたげなウォールが上がっています。
まあ、付帯資料として紹介するだけならいいのですが
誰々が・・・いっているから・・・しなければいけない、という主張は、
私に言わせれば「教養がない」人が「私はバカです」と
世間に宣伝しているようなものです。
不思議なことに、原発反対派はほとんどがこの類です。

私は、「自分のアタマで考えることができる」と確信した時、
ほぼ同時に「自分は知的自由を得た」という、
えも言えぬ喜びがひたひたと胸に湧いてきた記憶があります。
何というか、やっと一人前の文明人になれたような気分です。
それが30代だったように記憶していますから、まあ遅咲きですね。

英語にはリベラル・アーツ(Liberal Arts)という言葉があります。
Liberal Arts Collegeという大学もあって、
これは中々日本語に訳しにくいようですね。
日本の大学の学部で行っている一般教養とは全然違うもの、
と私の同志社の恩師である麻田貞雄先生は言っておられます。

これは、その麻田先生が2008年に出された本。
1950年代にグルー奨学金でアメリカに留学された麻田先生が、
カールトンというリベラル・アーツの大学で学んだ時の様子が
イキイキと描かれていて、当時ただ一人の日本人学生であった
麻田先生の八面六臂の活躍をワクワクしながら読めます。
淡々と描かれてはいるのですが、隅々に先生の情熱があふれています。
しかも、何とも読みやすい!
わが麻田先生は学者の割にはやけに文章がお上手なのです。

まあ、自分の恩師だからというのも多分にあるのですが、
ここ2,3年に読んだ本の中ではかなり秀逸。
先生は完璧主義者なので、自分の留学体験記であるにもかかわらず、
脚注や索引までいっさい手を抜くことなく、まさにパーフェクト。
ここまで細かに気を配ったメモワールを読んだのは初めてです。

先日、この本を読んだ感想をメールで先生にお送りしたのですが、
昨夜のメキシコ戦が始まる直前にご丁寧な返信をいただきました。
先生は、私が送った感想のメールで「リベラル・アーツ」とは
「知的自由を得るための教養」と考えたい、と申し上げたところ、
「それは非常に立派な定義」だとご賛同いただいた上に、

卒業生が何年も経ってから、突然リベラル・アーツに目覚め、それに則した人生を送るようになる。この知的開花の種を播いたのが、私のゼミであったとすれば、「教師冥利」に尽きると思います。

とまあ、このように私が飛び上がって喜びそうなお褒めの言葉を
何か所もメールの中に散りばめてくださいました。
おかげで、昨夜はメキシコ戦の前に興奮状態に陥り、
ウイスキーをがぶ飲みしないと寝られなくなったのです。
まあ、そんなことはどーでもいいのですが。

私の中でリベラル・アーツの芽が出始めたのは、
前述のとおり30過ぎだったように記憶していますが、
麻田先生は22歳でイエールの大学院に進まれる時に
すでに身に着けておいでだったと思います。

数年前、私によく敬意を払ってくれる若い方から
「榊さんのような教養って、どうすれば身に付くのですか?」
と聞かれたことがあります。私は答えました。
「そうですね、まず2000冊ほど本を読むことです」
でも、ただ読むだけではダメです。論語にもこうあります。

学んで思わざれば則ち罔く、思って学ばざれば則ち殆し。

読みながら、読んだ後で、よく考えることでしょうね。
でないと、あのつまらない原発反対派の人々みたいになってしまいます。

私は「考える」「学ぶ」ということの基礎を教えてくれた
麻田先生に、いつもながら深く感謝しています。
でも、私はまだまだリベラル・アーツの端っこに達しただけですが。